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タケじゃなきゃいられない。けど大地も~

竹原直隆選手・鈴木大地選手を絶賛応援中

竹原直隆選手を応援してきた私の11年間「濃かった」 

西武に移籍。
初めての宮崎・南郷キャンプ。
でも、何も変わらなかった。
いつものように、其処にタケがいた。

私は、何も心配していませんでした。
やっぱりタケの人柄、あっという間に馴染んで。(^^)
実際、栗山選手が「前からいた選手みたい」って言ったくらいに。


同級生で、城西大時代にチームメイトだった渡辺直人選手と
再び同じチームになったのは、本物の凄い縁☆

さらに、毎年、一緒に合同自主トレしていた大崎選手がいたり。

タケ、ちょいちょい大崎選手と同じ車で
球場に来ていました。(^^)

年の近い大崎選手・星選手・鬼崎選手・タケの4人で、
笑顔で話しながらやって来た、習志野秋津球場。
あの4人の後ろ姿が、とても印象に残っています。

そして最後の鎌ヶ谷。
9月17日、
試合後、すごく久しぶりに2ショット撮れたこと、
9月18日、
「めっちゃ雨降ってきましたね(^^)」って言ってくれたこと、
すごく嬉しかったです!




タケを応援してきたこと、
本当に「濃かった」。

そういう時間を過ごせたことは、自分の中で宝物。



タケは強い人。
優しい人。
とっても義理堅い人。
こちらの気持ちを、しっかり受け止めてくれる人。




NPBで12年もやったこと、凄いと思います。
11年も見せてもらえた。応援することができた。
タケに、たくさんの感動をもらいました。
本当にありがとうございました!!

ジェットコースターのように、
悔しいことも、とことん。
嬉しいことも、とことん。
タケのプレーには人一倍の感動がありました。

竹原さん、今までずっと、本当によくがんばったと思います。
お疲れ様でした!!



私の応援の原点は、マリンのライトスタンド。

タケの登場曲がかかる。
打席に向かうタケ。
打席に立ち、その登場曲が終わった瞬間、
「タケーーー!!」
って叫ぶのが、私のルーティンでした。


実は、タケのゲーフラも作っていました。

今となっては、
私が外野にいた証?くらいの勢いですけど(笑)。

ゲーフラを作ってからしばらくして、私は内野の人になったので、
ゲーフラを上げた時期は短かったけれど。


そのゲーフラ、
実は、ちょっと訳あり?(笑)の写真をもとにしていて。

お友達からいただいた写真。
マリンでの、ある日。
タケの打球は完全にレフトホームラン!!
と思ったら~~~
マリンの強風で戻ってきた。
タケ、それ見てアチャーな感じの、そのときの表情。(^^ゞ
でも写真のタケは、とてもイキイキ☆していたので。

ゲーフラ初公開。

今、原点に返って。
タケの進む道、「タケーーー!!」って背中を押すよっ!\(^o^)/
IMG_1378.jpg




誰ということに関わらず。
今まで、ブログに
「野球に関わってくれてさえすれば、いつか絶対会える」
と書いてきたし、ずっとそう思ってきました。

実際、自分の体験として、そうだったから。

野球に関わらなくなってしまったら、きっともう会えない。


これからのタケの道。
どこかで野球に関わっていくのか分かりません。

でも、もし野球に関わらなくなってしまったとしても、


またいつか会えると思っている。






(リンク)
「まるっと竹原直隆」






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Posted on 2016/12/31 Sat. 23:00 [edit]

category: まるっと竹原直隆

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31

竹原直隆選手を応援してきた私の11年間「東京駅始発 のぞみ1号」 

オ、オ、オリックス?

移籍の報道が出たとき、その球団名にも驚きました。

私の中では、オリックスは
パ・リーグの中で1番、無味無臭でした(笑)。

好きでもない。嫌いでもない。
1番、意識の遠かった球団。



東京駅始発の新幹線「のぞみ1号」
いつもこれに乗って、タケに会いに行っていました。

朝4時起床。

家を出ると、春先はまだ外が真っ暗で、
ほんと、夜に出かけるような不思議な感覚でした。

その、家を出たときの明るさが、だんだん明るくなってくると
季節の変わり目、感じてた。

東京から新神戸まで2時間37分、爆睡(笑)。

新神戸駅に着くと、もうすっかり明るくて、
緑に囲まれた駅。鳥が鳴いている。
新神戸駅、大好き。


神戸サブ球場に、初めて、タケのオリユニを持って行った日。

そのときタケは、
まだ現役だったシモヤマンと赤田さんと談笑していました。

タケユニを出した私に、まず気づいたのはシモヤマン。
(まだシモヤマンと面識なし)
そしてタケに、ファン来てるよ、みたいに教えてくれて。
タケ気づいて、こっち見て、笑顔でペコリしてくれた。
それが凄く嬉しくて。

と同時にびっくりしたのは、
ロッテでは考えられなかったこと。少なくとも私には。
選手が、選手に、ファンのことを教えてくれるなんて、
そういう経験が私には無かった。


タケとビッキーが一緒にいたとき、
いつものように夢中でタケの写真を撮っていると
グラウンドから
「どっち撮ってんの?」
と、高橋信二さんに聞かれたり。(^^ゞ
こんなことも、今まで無い!


タケいるとか、いないとか(笑)たびたび教えてくれたシモヤマン。
高橋信二さんも、庄司くんも、教えてくれたり、
自分のファンというわけではないのに、
タケファンと知った上で、アシストしてくれました。
あたたかかった。

チームの雰囲気。
キャンプでは、コーチがファンを巻き込んで楽しませてくれる。

コーチも、選手も、声大きいし(笑)、
普通の会話も、よく聞こえる。

みんなの中で、タケがカラカラと笑う声。
みんなにツッコむタケ(聞こえる 笑)。

楽しかった。本当に楽しかった。
とにかく、みんなが近かったんだ!



タケのおかげで、
今まで知らなかった球場に、いろいろ行くことができました。

神戸サブ球場をはじめ、
通称けもの道(笑)を登って行った、トトロの世界と思った北神戸、
ナゴヤ球場、
好きだった鳴尾浜、
1番好きだった雁ノ巣。
雁ノ巣で、タケ、たくさんホームラン打ちました。
「気をつけて帰ってください」って、初めて言ってくれたのも雁ノ巣。
嬉しかった。



秋季キャンプは高知市東部野球場。
あの、一面のコスモス畑。

インパクト強かった出来事は、
1番最後まで居残り練習していたタケを待っていて、
お見送りした後、
気づいたらあたりが真っ暗になっていて
広い道に出るまで街灯1つなく、ほんと闇で(笑)、
来るとき歩いてきたのが幸い。(道・方向わかるから)

携帯の明かりで何とか足元を見つつ、広い道に出たけれど
歩道が50センチくらいしかないところにバス停があるので
危ないから横の土手?に登って待って
バス来たら急いで降りて止めたらいいよ!
って現地の方からアドバイスもらっていて、
バスが1時間に1本くらい?しかないので、
ずいぶん待って、やっと来た!と思って急いで降りたけど
私に気づかず、通り過ぎてから気づいて急ブレーキ!!
みたいな。(;´▽`A``

ほんといい経験でした。スリル満点(笑)。



ロッテのキャンプのときは、
いぐっさんや、つよぽんたちと、
アーリーワークでウエイトしていたので、
オリックスに行ってから、
ロッテのときと同じように練習できるのか、
やりたいことができるのか、
ということが、まず、凄く気になっていました。
チームによって方針とかもあるでしょうし。

ただ、タケはできていました。

高知キャンプのときも、春季キャンプの宮古島でも。


宮古島の下地球場。
道路の真横に、ウエイトするところがあって、
柵も扉も無いところがある。
道路からダイレクトに見えますし、
選手が道路に出てきて練習しているときもあります。

選手とファンの境界線は自分で作る、という世界。


私は、タケより早く球場に行って
「おはようございます」言いたい派なので、
絶対タケに負けないように、先に着くように行ってた。
(何の争い? 笑)

早ければ朝8時。

早出練習の選手たちが来るよりも前に、タケは来ます。

早出の選手が来るまでの間、
道路に座って、目の前のタケの練習を、ただ見ている。
この、おだやかな時間が大好きでした。


ある年のキャンプが始まる前日。
タケなら練習してるはずと思って球場に来てみたら、
やっぱり練習していて、
記念に、タケの写真を撮りたいって言ったら、
「一緒の方がいいですよね(^^)」
って、タケが東野投手に私のカメラのシャッター押してって言って
2ショット撮ってもらえた、
こんな凄い出来事は一生に一度と思っています。


下地では、夕ご飯、気に入ったお店に毎年行っていて、
いつのころからか、店員さんに覚えてもらえていたみたいで。

店内中にサイン色紙がかざってあった、あの焼肉屋さんも、
明るくハキハキした女性の居酒屋の店員さんも、
近い将来、オリックスのキャンプが
宮古島から離れてしまうことを知っていました。

監督・コーチ・選手たちに会えなくなってしまうのは寂しい。
それと同時に、毎年こうやって来ていたファンの人たちにも
会えなくなってしまうのは寂しい。
と言っていました。。。


雁の巣も、無くなってしまった。
そして、神戸サブ球場も無くなってしまう。



私が関西に行くようになった初期のころ、
球場までの行き方が分からなくて、
1日にMAX6人くらいの方に、道を聞いたことがあります。(^^;
でも全員、しかも凄く丁寧に案内してくれました。
その日だけではなく、別の日も、
誰一人からも、断られたことは無かった。


タケがオリックスで初めてヒーローになったとき、
タケのヒーローインタビューを
正座して、拍手して、聞いてくれたグッチ、赤将さん。
ベンチに残って、笑顔で拍手して聞いてくれていたみんな。

タケは、オリックスで、
チームメイトにも、そして本当にたくさんのファンに愛されてたよ。

タケはオリックスに行って幸せになった。

そして私は、純粋にシンプルに「ファンの“子”」でいられた。
上手く言えないのですけど、
オリックスには、ファンに対する、そんな包容力を感じた。



そしてタケがオリックスを退団。

それでもまた会える気がしてた。



to be continued...







Posted on 2016/12/30 Fri. 23:32 [edit]

category: まるっと竹原直隆

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竹原直隆選手を応援してきた私の11年間「タケを見つけた」 

ベースボールキングに引退の一言が出ても、
トライアウトに参加しなくても、
本当に引退なのか、実感がわきませんでした。

なぜなら11年間、見てきて。

私が行きさえすれば会えてた。

それに、毎年この時期は、タケ恒例の行方不明の時期。(笑)
年が明ければ合同自主トレの情報が入ってきて、
そのうちキャンプの時期になる。

ロッテから移籍しても、オリックスで会えてた。
オリックスから移籍しても、西武で会えてた。
そうやって、11年間やってきた。

さらに、年末になっても
誰々はここに行くことになったとか、
何々になることになったとか、
決まっていくことも多いですし、
年明けてからだって、そういうことある。
もっといえば、次のシーズンが始まるまで
どうなるか分からないと思っていました。

さすがにここまで野球に関わっていれば、
今まで何人も、いなくなってしまった選手がいて、
どういう状況か、ずっと分からないまま、という例は多い。
当然、頭の中では分かってた。

でも、いざ自分の応援していた選手となったときに、
どう捉えたらいいのか分からないまま、
自分の気持ちの置き所が分からないままだったので、
TBSのバースデーで、状況がはっきり分かったことはよかったです。

いつかは誰にでも訪れる現役引退。
それが今だったということ。

「NPB卒業」
ここで一区切り。
まだまだタケの道は続くけれど、
私の11年間の一区切りとして書いてみたいと思います。




タケを応援し始めたのは、
タケがプロ入りして、ロッテに入団した2年目。

2006年9月16日。
初めて浦和球場に行った日。

タケがクラブハウスから出てきて、グラウンドに向かうところを
道で待っていて。
出てきた、そのシーンは、今でもはっきりと覚えています。

試合後、タケに初めてサインをもらって。
そのときタケに言った言葉。
「マリンで待ってます」
生まれて初めて、この言葉を言った選手。

その3日後、タケが1軍に上がりました。
そしてプロ初ヒット!
その日は私の誕生日でした。


今の時代とは違って、タケが入団したころは
ルーキーのグッズがすぐに出ることなんてなくて。
だから自分で作った。
実は、タケのTシャツも作っていました。(^^ゞ

2009年の七夕に打った「プロ初満塁ホームラン」のボールが
私のブログを知って下さっていた方々の手を渡って
きっかり3年後に、私の手元に届いた。
奇跡で、宝物です。


タケに会うまで、私の中では、
2軍の試合を見に行くという文化がありませんでした。
発想が無かった。

其処にタケがいたから、見に行くようになった。

そして、はまっていきました。
1軍の試合は全く興味なくなるほどに。


いつも1番最後まで居残り練習していたタケ。

夏、浦和球場のクラブハウスからグラウンドまでの道。
チョコレートの匂い。
銀杏並木。
蚊にさされながら待っていたこと。
雨の中、傘地蔵状態で待っていたこと。
行ったけど、球場入口の扉が閉まっていたこと。( ̄▽ ̄;)!!
(練習休み)

私が「竹原シート」と呼んでいた場所。
3塁側の、1番前の、1番レフト寄りの席。
タケはレフトだったので。
いつも全力で其処を確保していました。(^^ゞ
浦和の改修工事があったタイミングで
その席は無くなってしまったけれど。

抹消になった翌日は、よく浦和に飛んで行って、朝一で挨拶したこと。
そのときタケが笑顔を見せてくれたこと。

こんなに結果出してるのに上がれない。
ちっとも入れ替えがない。
1軍なんて!!って、私の中で1軍が敵だった時期。

タケが腐っているように見えた時期。
すごく若かった頃。一度だけ。(タケ、間違ってたらごめんなさい!)
今では考えられないこと。
そんな風に見えるのが辛くて、悔しくて、初めて浦和で泣いて。
あの日、私の尊敬するタケファンの方が偶然にも浦和に来ていなければ、
私を止めてくれなければ、どうなっていたかと思う。


移籍の報道が出た朝。
その日は、もともと浦和に行く予定で
行く途中の電車の中で、携帯で知りました。
そのまま行って、タケに会えて。
タケファンの方も数人、間に合って。

あと一言、と思って、ん~~って、その場で思わず出てきた言葉。
「オリックスに行っても応援に行くので。。。
気づいてください」

タケ、ぷっ!って、ちょっと笑ったの、覚えてる。(笑)


数日後。
もう関西に行ってしまったと思ってた。
携帯に連絡がきて。お友達から。浦和から。
いるって。タケいるって!

そのとき一緒にいたお友達が、浦和まで付き合ってくれて。
着いて5分後に、タケが帰るところでした。
車で立ち去るとき、タケが言ってくれた言葉。

今から思うと、この日、このタケの言葉が
私にとってはターニングポイントだったと思います。

タケに話せるようになった。
聞きたいことが聞けるようになった。
私の中では間違いなく、タケが近くなった。

それは、オリックスというチームの雰囲気もあったと思います。

タケがオリックスに行ってから
ロッテにいたときよりも、タケを近くに感じるようになった。
実際の距離は、遠くなったのにね。


タケがいなければ、
2軍の魅力を知らないままだった。

タケが移籍しなければ、
他球団を見ることは無かった。
知ろうとする気持ちにもならなかった。
オリックスを、其処にいる選手たちを
ここまで好きになることは無かった。



to be continued...







Posted on 2016/12/29 Thu. 21:03 [edit]

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2017年版 竹原直隆選手 壁紙カレンダー  

今年撮った写真で、
来年のタケの壁紙カレンダーを作ってみました。(^^)


2009年のは こちらのリンクから。
2010年のは こちらのリンクから。
2011年のは こちらのリンクから。
2012年のは こちらのリンクから。
2013年のは こちらのリンクから。
2014年のは こちらのリンクから。
2015年のは こちらのリンクから。
2016年のは こちらのリンクから。



1月2月
0102_201612232133409f5.jpg
(2016.2.1撮影@南郷キャンプ)


3月4月
0304_20161223213342333.jpg
(2016.2.2撮影@南郷キャンプ)


5月6月
0506_20161223213343ed0.jpg
(2016.2.2撮影@南郷キャンプ)


7月8月
0708_20161223213347859.jpg
(2016.2.2撮影@南郷キャンプ)


9月10月
0910_201612232133469d8.jpg
(2016.5.19撮影@マリン)


11月12月
1112_2016122321335830e.jpg
(2016.7.18撮影@西武第二)



Posted on 2016/12/23 Fri. 23:35 [edit]

category: まるっと竹原直隆

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「竹原は引退を決めた」 

今、TBSの「バースデー」見てます。

ナレーションの一言
「竹原は引退を決めた」

ここで分かった。決定的。

以前、ブログに書いた、
ベースボールキングに書かれていた一言のみで
半信半疑だったけど。





Posted on 2016/12/17 Sat. 17:27 [edit]

category: まるっと竹原直隆

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